コロコロ VS 抜け毛

「人生とは自分自身との終わりなき闘いだ」なんて思っちゃいるけど性根がヘラヘラしている小市民の雑記ブログです。

名もなきファンタジー小説(4)

★アマチュアファンタジー小説家応援企画★
 むかし人生で初めて書いたファンタジー小説を公開します! プロットって何?って知識レベルで思いつくまま書きなぐった黒歴史。恥さらし上等、アップするにあたり修正なし。


 名もなきファンタジー小説(4)

 

 扉が閉まるのを確認すると、ゼフはナギに言った。
「ナギ、大切な靴を失って気が動転するのも、腹を立てるのもわかる。だがお前の見解は少しおかしいな」
「何がだい」
 ナギはまだ気を緩められずにいた。
「考えてみろ。俺たちは現場を見てないが、昨夜ジャモは、お前のピンチを救ったんだろう?」
 つい昨夜の出来事だ。リアルな映像で記憶が呼び起こされた。松明の灯りの中、目覚めると眼前にあった大蛇の鋭い牙。そしてそれを制止する、ジャモの命がけの姿。
「結果的に事なきを得たが、ジャモにとっては命がけだったはずだ。そこまでしてお前を救ってくれた命の恩人を、ちょっとした状況証拠だけで盗みの犯人に仕立て上げようとするなんて、おかしいと思わないか」
 ナギはまだ腑に落ちない様子で話を聞いた。
「人間だからな、疑いの気持ちを持つのは仕方がない。だがナギ、思ったことを何でも口にすればいいってもんじゃない」
 ナギは納得できなかった。
「思ったことを言わなければ、伝わらないじゃないか」
 ゼフがすかさず否定する。
「ストレート過ぎるんだよ。言うならもっと少しずつ柔らかく表現してみろ。それにな」
 ナギは釈然としない。
「裏表がないってのは良いことかもしれんが、それじゃこの先、痛い目に遭うこともありえるぞ。旅に出るなら尚更だ。ぐっと堪えるってのを覚えるんだな」
 ナギはゼフを睨み付けた。だが、何も言えずにいた。
 それはパウムとの掛け合いでやられた時とは違う感覚だった。パウムのそれは、どこかうまく丸め込まれてしまったような、不完全燃焼な歯がゆい余韻が残ったものだが、ゼフの話は、何かそういうものとは違う感じがした。
「俺の気持ちを代弁してくれたってとこだな」
 ジャモが豪快に笑った。口下手だもんねとベロンが茶化すと、うるせえとジャモは肩を叩いた。
「さあみんな、気持ちを切り替えよう。ナギ、お前みたいなタイプには、言って聞かせるより、結果を見せた方が良いだろうな」
「さっきから、あんた方の言うことは分からないことだらけだ」
 ナギがふて腐れている様子を見かね、ベロンが話した。
「要するにさ、ナギの考えは途中まではよかったんだよ。盗まれたってのはきっと正解。だけどね、やったのはジャモじゃないってこと」
 ジャモが続く。
「まあ、そうつんけんすんなナギ。この町に着いた時、オレが言ったろうが。この町は治安が悪いってな」
 ジャモが核心に迫ると、ゼフは窓を開けた。二階の窓から、薄暗い町中を見る。
「この町にはな、ちょっとした盗賊団みたいなのがいるんだよ」
「盗賊団だって?」
 ナギは驚いた。
「ま、大げさな言い方だったかな。ナギ、お前と変わらないガキばかりの、コソ泥だ」
 ガキと呼ばれて腹立たしかったが、その話はナギの興味を引いた。
「リッティに追わせてるのはそれだ。奴ら物盗りだけで、そんな手荒な連中じゃないと俺は見てる。靴一つ取り返すくらい、あいつ一人でできるだろうよ」
 リッティ。この面子の中で、自分のことを一番煙たがっていた奴だ。あいつがが自分のために何かをしてくれるなんて。
 ナギはにわかに信じ難かった。果たして、期待して待っていて良いものなのか。
「どの道、お前は靴がないんだ。ここで指を咥えて待ってるしかない」
 ナギの心の中を見透かしたように、ゼフは言った。
 ナギはソックスのままゼフの傍に並ぶと、同じように窓の外を見た。
「リッティは、僕のブーツを見たことがないはずだ。それをどうやって取り戻すというの?」
 ナギの質問はもっともだった。
 ゼフは自信満々に答えた。
「あいつは目利きのプロなんだ。衣類専門のな。この世で最高のローブを探し求めてる」
 ナギは驚いた。あいつにそんな特技が、目的があるなんて。
「まあさすがに目利きの力だけじゃ、良い靴か悪い靴かしか判別できないが、何せ俺たちは旅の者だ。他にも色々と鼻が利く」
 ナギは眉をひそめるしかなかった。
「コソ泥に盗まれた物の行き先なんか、たかが知れてる」
「売り買い屋だ」
 ジャモが引き継いだ。
「物を売って、金をもらえるんだ。安っぽいコソ泥は、真っ先にそこへ行く」
 ナギは、ゼフとジャモの話が飲み込めなかった。ベロンの方を見やると、ベロンは大きく頷いていた。
 この街では、人の物を盗んで、売ってお金にするというのか。
「そういうもんなんだよ、世の中ってやつは」
 ゼフは目を細めた。

 

 茶屋街の一角、喧騒を抜けて薄暗い路地を少し入ったところに、売り買い屋はあった。かつては屋号が書かれていたのであろう、出入り口の上に掲げられた木製の看板は汚く朽ち果ててしまっていて、もはや看板の役目を果たしていなかった。この町を訪れたばかりの者では、ここが何の店なのか判断がつかないであろう程だった。
 店先に、一人の痩せた男が煙草を吹かしながらもたれかかっていた。帽子を目深に被り、俯いているせいもあって顔がよく見えない。
 肩には、左右の紐同士を結び付けたブーツをぶら下げている。
 リッティは、路地の手前からしばらくこの男の様子を観察し、やがてゆっくりと近づいて行った。
「こんばんは、お兄さん」
 リッティは男に声をかけた。
 足音を消したつもりはなかったが、男はリッティに気づいていなかったようで、声をかけられるとびくんと反応した。
 相手の緊張を解こうと、リッティは笑顔を作った。
「すいません驚かせて。店、入らないんですか?」
 リッティは店の方に視線を向ける。
 男は俯き加減にリッティの顔をじっと見ると、煙草を咥えたまま小さい声で答えた。
「……先客。順番待ち」
 そう言うと男はまた俯いた。
 関わりたくない。そんな雰囲気が漂っている。
 リッティは肩からぶら下がる物に鋭く目を光らせると、不敵な笑みを浮かべ、核心に迫った。
「良いブーツですね」
 男が緊張するのがわかった。
 男は煙草を手にすると、黙ったまま忙しなく煙を吐いた。
 男の様子から、リッティは確信した。
「ねえ」
 リッティが態度を変え、おもむろに男の肩に手を触れると、男は肩を強張らせた。
「失礼だけど、着ている服には不釣合いだなあ」
 リッティはつまらなそうに指先に触れる生地を撫でた。
 男は黙ったまま、ゆっくりと顔を上げた。初めてしっかりと目が合った。ひどく澱んだ眼だった。
 男は震えた声で言った。
「頼まれたんだ」
「奇遇だね。僕も、頼まれごとなんだ」
 リッティは微笑んだ。
「争いごとは得意じゃなくてね。穏便にしよう」
 リッティの手が、男の肩口から靴紐をなぞって下へと降りていく。
「うう」
 男の指先から煙草が落ちたのとほぼ同時、リッティはブーツを目の高さまで持ち上げると、ひらひらと振って見せた。
「これ、返してくれるかな」

 

 男が走り去った後、服飾好きのリッティはつい我を忘れてその場でブーツを吟味した。持ち手を代えてはあらゆる角度からしげしげと眺め、触れていない箇所がないくらいに指先で撫で回した。
「なかなかの物だな」
 合格点を与えたところで、一度履いてみたいという衝動に駆られたが、ちょうど屈み込んだところで店内から客と思しき男が出てきて目が合った。
 男が不審な目を向けて立ち止まるので、リッティは失礼と一言残し、肩をすくめながら路地を後にした。
 茶屋街を抜けて宿へ戻る道すがら、服飾店の軒先で寄り道しているリッティを、少し離れたところから睨み付けている集団があった。
 リーダー格の男が、何かを掴みたがっているのか、何かを掴み損ねて苛立っているのか、しきりに手を開いては握り締めている。ひょろりとした長身で痩せ身だが、袖の無い服から覗く長い腕は、前腕の筋肉が目立って発達していた。
「あいつか?」
「はい」
 答えたのは、リッティに靴を奪われた、帽子の男だった。リーダー格の後ろから、卑屈な睨みを利かせている。
「囲みますか」
 多勢に無勢。帽子の男は先ほどリッティと対峙した時とは打って変わり、強気な態度に出る。
 だがリーダー格は否定した。
「馬鹿か。俺らは力のねえガキだ。あいつはデカイのとつるんでんだろ?」
「はあ、まあ」
 帽子の男は尻込みした。
「お前から靴を取り返したあのお洒落野郎と、デカイのと、他の何人か、だったな?」
 リーダー格は再確認するように尋ねる。
「はい。髭のおやじに、チビで太った奴。あとは暗い女です。何日か前に五人で来たんすけど、後から靴のガキが、デカイのに連れられて来たんす。デカイのがいつ町を抜けたのかは分からないっすけど」
 帽子の男が答えると、リーダー格は頷いた。
「ま、何でもいいが、その連中と靴のガキがどういう関係なのか、他に別の誰かがいないのか、その辺をちょっと見てみたいだけだ」
「見るだけっすか」
「死活問題だろうが。勝てない相手とつるんでる奴を狙ったところで、やり返されるのがオチだ。今回みたいにな」
 リーダー格は子分の失態を責めた。
「俺らみたいな力も脳みそも足りねえ馬鹿はな、馬鹿なりに頭使って、汚ねえ真似して、せせこましく生きるしかねえんだよ」
 それは自棄のような言葉だったが、そうやって修羅場をかいくぐってこれまで生きてきたのだという、プライドを感じさせる響きがあった。
 リーダー格の話を、帽子の男も他の面々も神妙な面持ちで聞いていた。
 やがてリッティが道草を終え、歩き出した。
「行くぞ」
 一味はリッティとの距離感を保ったまま、後を追った。
 リッティは尾けられていることなど知る由もなく、真っ直ぐ宿へと向かった。
「もうすぐです」
 リッティが到着するより先に、一味の一人がリーダー格へ説明した。一度、宿に侵入してナギの靴を奪っただけあって、場所は心得ている。
「あれか」
 茶屋街を抜け、小さい商店が点在する区画を過ぎて住居地帯に入ったところで、三階建ての宿がすぐに見えた。他の建物と同様の白塗りの壁は、町の景観を損ねることなく調和して溶け込んでいる。
 人通りもまばらになってきたため、これ以上進むと尾行がばれてしまう。目的の宿が見えたところでリーダー格は一旦そこで足を止め、仲間を手で制した。
 リッティが宿の入り口に近付いたところで、二階から声をかける者がいた。
 明かりの灯った客室の窓が幾つか見えたが、その内の一つから顔が覗いている。
 声をかけられると、リッティは紐をつまんで戦利品を軽く振り回して見せた。
 一味は、後方からそのやり取りを窺う。
「あの窓から顔を出している男、仲間ですね。お洒落野郎とデカイのと一緒にこの町に来た奴だ」
 一味の一人が言う。
「あれが髭おやじか、貫禄だな。あいつがリーダーかもな」
 リーダー格がほくそ笑んだ。
「でも見た感じ、五人組ではデカイのが一番強そうでしたよ」
 一味の一人が言うと、リーダー格は呆れたように返した。
「馬鹿、腕っぷしがリーダーを決めるわけじゃねえよ」
 言葉とは裏腹に、うちでは自分が一番だと言わんばかり、リーダー格はしきりに何かを掴むような所作で、隆起した前腕の筋肉を蠢かせた。
 何か収穫はないか……。
 リーダー格が窓の男の方を目を凝らして見ていると、ふと隣に別の人影が見えた。
「あっ、あいつ、靴のガキだ」
 他の面々にも見えたようで、思わず帽子の男が叫んだ。
「馬鹿野郎っ」
 リーダー格は乱暴に帽子ごと髪を掴むと、自分の眼前へと引き寄せて睨みつけた。
「声がでけえよ」
「す、すいません」
 リーダー格は、尾行がばれていないことを確認すると、怯えた子分を突き放してもう一度窓を見た。
 人影は確かにある。まだいる。
「あれが、靴のガキか」
「はい。間違い、ないです」
 帽子の男は頭をさすりながら言った。
「ふうん」
 リーダー格は目を細め、ぼんやりと窓を見た。あのガキとあの連中と、どんな関係があるんだ。
 ふと、リーダー格は目を見開いた。
「あいつ」
 思わず声を上げた。
「声が大きいっすよ」
 一味の一人が指摘したが、リーダー格の耳には届かなかった。
「あいつ……ナギ」
 リーダー格が呟いた。
「知ってるんすか?」
 帽子の男が驚いた。他の面々もざわつく。
「あのガキのこと、知ってんすか?」
 帽子の男が今一度尋ねると、リーダー格は窓から視線を外せないまま頷いた。
「あのガキ、ナギって奴だ。馬小屋のオッサンの息子」
「えっ」
「……そして俺の、弟の、ダチだ」
 みんなが驚きの表情を浮かべ、リーダー格と窓とを見比べる。
「それって」
 リーダー格は、忌々しそうに言った。
「俺と同じ、ユカの町の人間だ」
 リッティが宿の中へと入っていくと、窓際の二つの顔も部屋の中へと引っ込んだ。
「出てきたってのか」
 リーダー格は、怒りと嘲笑とが入り混じったような表情で、誰もいない窓を睨み続けた。
 一味は各々顔を見合わせ、事の成り行きを見守った。
 リーダー格の拳は、握り締められたままに固まっていた。

 


 

「あの、ありがとう」
 ナギは贈り物をもらった子どものようにブーツを胸に抱いて、リッティに頭を下げた。
「どういたしまして」
 リッティはゼフに視線を向け、棒読みで返した。
「ずいぶん素直になったこと」
 リッティがからかうと、ナギはむすっとした。
「教育したんだよ、ゼフが」
 ベロンがベッドに横たわりながら言う。
「この短時間で? さすが」
 かなわないな。リッティは首を振った。
「なあに、感謝してんだよ。なあナギ?」
 ゼフが笑いかける。
「ん、まあね」
「渋々って感じだな。まあガキだからしょうがないか」
 リッティは毒づきながらも、この旅で初めて自分より年下の仲間ができたことを、ある意味で歓迎しているようでもあった。
「ところでジャモには改めてお詫びしたのかな?」
 話をキッチンのジャモに振る。
 ジャモはミルクを飲みながら、視線をナギに向けた。
 指示の下に謝罪するのは癪だったが、ナギは胸のブーツに目を落として感謝の気持ちを新たにすると、ジャモに言った。
「ジャモ、ごめん」
「おいおい、申し訳ありませんでしただろ?」
 思わずリッティが指摘する。
「まあいいじゃん。気持ちが大事だよ」
 事なかれ主義のごとくベロンが嗜める。
 サキはソファに腰かけ、このやりとりに興味がなさそうに窓の外を眺めている。
 ゼフがその傍に座った。
「まあ一件落着だ。ジャモもいいだろう?」
 後ろ向きに声をかけると、ジャモはようやくミルクを飲み終えて口を開いた。
「ぷはぁっ、ふーーうい。ああ、気にしてねえよそんなこと」
 ジャモは他人事のように返事すると、冷蔵庫の中を漁り出した。
「だそうだ」
 ゼフが言うと、ナギは頷き、リッティは肩をすくめ、ベロンはにっと笑った。
「それはそうと、履いてみろよ、ナギ」
 ゼフがナギの胸の靴を指差す。
「なかなか良い靴なんじゃないか?」
「あ、うん」
 久々に再会したヴィンテージ・セロ。まだ足を通していない。
「そう。それは本当に良い靴」
 衣類のこととなると話は別だと、リッティが態度を軟化させて説明した。
「新しいのに柔らかいよね。柔らかいけど頑丈でさ。それ多分、フォグの皮だよ」
「ほおー」
 ベロンが驚きの声を上げる。
「すごく丁寧になめされてるしね」
 リッティは顎をさすりながら言った。
 だが何がどうすごいのか、肝心の持ち主のナギにはよく分からなかった。
「フォグがどうのって、それってすごいの?」
 ナギの問いに、リッティが答える。
「モノが良いというのはもちろん、貴重って意味でもね。フォグは数が減ってきてるから乱獲できないんだ。地域によっては町の許可がいるんじゃないかな。それに許可を取って狩をしようと思っても、ヤツらすばしっこいし獰猛だから、簡単じゃない。狙ってる側が命を落とすことだってあるんだ」
「そうなんだ」
 ナギは靴を擦る。
「そう。だからフォグの皮は貴重、そしてその皮で作られた靴は、とても高価なんだ」
 そう言うとリッティは、ゼフを見た。
「我々の中で、他にフォグの皮の靴を履いてるのは、ゼフだね」
「そうなの?」
 ナギが驚くと、ゼフは誇らしげに頷いた。そして優雅な手つきでナギの足元に片手を差し伸べる。さあ、同士よ。履いて見せてくれ。
 ナギは何だか嬉しくなった。
 靴屋で購入したときも感動があったが、第三者にこうして褒めちぎられ、自分が憧れを抱いている人間が同じ素材の物を使っているともなると、とても良い物を買ったのだと強く実感させられた。
 ナギはベッドに腰かけると、喜び勇んで右足から通した。
「おおい、旨そうなチーズがあるぜ」
「ホント!」
 ジャモが叫ぶと、食べ物に目がないベロンがその風体に似つかわしくない俊敏な動きでベッドから飛び起き、キッチンへ走り寄った。
 リッティとゼフ、そしてサキは、ナギが靴を履く様子をじっと見ている。
 ナギは少し気恥ずかしい感じがしたが、自信を持って靴を履いた。そして両の靴紐をギュッと結ぶと、ゆっくりと立ち上がった。
 一呼吸入れると、ゼフの真似をするように両腕を小さく広げた。
「僕は、ナギ。ユカの町から、来た」
 ナギの改まった自己紹介。
 沈黙が部屋を包む中、品定めするように、皆がナギに視線を注いだ。
 まず口を開いたのは、ジャモだった。
「それそれ。オレはもう見たもんな」
 ジャモが靴を指差す。
 ベロンが口の中をいっぱいにしながら続いた。
「ん、なかなか良いんじゃないの」
 言い終えたところでベロンは胸元を激しく叩き出した。無理して話したせいで喉を詰まらせてしまったらしい。
 うずくまりむせ返るベロンの背中を、ジャモが慌てて叩いてやる。
「何やってんだ、まったく」
 ゼフが呆れ顔でキッチンを見る。
 そんな騒がしいキッチンをよそに、サキはナギの足元と顔に一度だけ視線を向けると、結局何も言わず、表情を変えずにまた窓の外に顔を向けた。
 認めてくれないのか? サキの態度にナギは少し不安になったが、隣ではリッティが顎に手をやりながら何度も頷いていた。
「うん、うん。悪くないね。その脛までの丈のズボンとの相性も悪くない」
 彼の論点はあくまで服飾のようだが、一応肯定的ではあるようだ。
 あとは、ゼフ。
 ナギは正面にどっしりと座るゼフを見た。
 ゼフもナギを見る。
 目をそらさずしっかり見据えると、ゼフが言った。
「ナギ」
「うん」
「ユカの町から来た。それで、どうしたいんだ? 改めて聞かせてくれ」
 ナギは大きく息を一つ吐き、咳払いした。みんなに思いを伝えなくては。ナギはゆっくり、大きな声で話し始めた。
「僕の名はナギ。十七年間、ユカの町に閉じこもって生きてきた。ペンキ塗りをして働く毎日だった」
 くだけた雰囲気が一変、皆が今一度ナギに注目した。
 この調子で良さそうだ。手応えを感じ、ナギは続けた。
「ユカは、砂漠と、高い岩山と、深い崖に遮られた小さな町で、外へ通じる唯一の道は、町の決まりで閉ざされている。部外者は入れないし」
 つい先日のことだ。ゼフが頷く。
「町の人間も、外へは出られない」
 逆もか。これには皆、一様に驚かされた。
「あれは俺たちとの接触を咎められていたわけじゃなかったのか」
 ナギは首を振る。
「一応、二十五歳を過ぎると、出ても良いことにはなってるんだけどね」
 面々が驚きの顔を見合わせる中、ナギは続けた。
「でも、僕は、そんなのは嫌だった」
 ナギの声が、段々と熱を帯びる。
「嫌で嫌で仕方がなかった。僕は自由になりたかった。そんな時」
 ナギは一人ひとりの顔を見た。
「みんながユカの町を訪れたのを見た。旅をしている人たちだって、すぐに分かった。そしたらもう、我慢できなくて、僕も行きたいって、僕を連れて行ってほしいって、強く思ったんだ」
「あん時だな」
 ゼフが言う。坂下で出会った時のことだ。
「お前はあの時、兵隊に咎められていた。町の事情は知らなかったからそれはともかくとして、俺はお前に一つ問題を指摘した」
「うん。靴のことだね」
 ナギは足元に目を落とした。
「ペンキ塗りの仕事で履いていた長靴だったから。ゼフはそれを見て、そんなんじゃ旅できないって」
「そうだ」
 ナギは微笑むと、少し恥ずかしそうに聞いた。
「ゼフ、どうだい? この靴。えっと、なんとかっていう……」
 リッティに助けを求める。フォグだ、とリッティの口が動いた。
「そう、フォグ。フォグの皮でできた、長旅にも負けない、頑丈な良い靴を手に入れて来たんだ」
 ゼフは頷く。
「ユカの町の事情は知らないだろうけど、でももう、そんなのどうでも良いよね? いま僕はここにいる。現にここに立っている」
 ナギは両腕を広げた。
「条件は越えてきたつもりなんだ、ゼフ。みんな。僕は自由になりたい。自由になりたくて、町を飛び出してきたんだ。だからどうか」
 全員を見渡す。
「どうか僕を、仲間にして下さい。そして、僕を旅に、連れて行って下さい!」
 ナギははっきりと、思いを口にした。
 果たしてこの思いは伝わっただろうか。みんなの胸に届いただろうか。
 ナギはゼフの目に、心の動きを見て取った気がした。
 沈黙を置いて、ゼフが口を開いた。
「ナギ。改めて、素晴らしい靴を履いた上でのお前の主張、確かに受け取った」
 ナギは固唾を呑んだ。
「こちらも改めて言おう、ナギ。お前を俺たちの仲間として、今ここに迎え入れよう」
「本当かい?」
 ナギの声が上擦る。
「本当だとも」
 ゼフは立ち上がると、両腕を広げた。
「ようこそ、ナギ。新しい仲間よ」
 ゼフがお前らも続けと視線で促すと、方々から歓喜の声が上がった。
「おっしゃあ、これでまた一つ賑やかになるな。お互い助け合っていこうや、ナギ」
 ジャモが景気よく言った。
「よろしくね、ナギ。一緒に美味いもんいっぱい食べようね」
 ベロンが言う。
「足を引っ張るなよ、新米」
 リッティが毒づいたが、その表情に曇りはなかった。
「みんな、ありがとう」
 ナギは感謝した。
「おい、乾杯の準備だ」
 うおおおい。男たちは酒盛りの支度にかかった。
 よかった。どうやらみんな受け入れてくれたらしい。ほっと胸を撫で下ろした瞬間、ふとソファの女が視界に映り、ナギの浮かれた気分に待ったがかかる。いや、みんなではない。
 サキ。彼女はどうなのか。
 ナギはサキを見た。物憂げな女は表情を変えることなく、無関心に窓の外を眺め続けている。
 彼女は一体、何者なんだろう。どうして口を閉ざしているんだろう。一体何があったんだろう。
 ゼフが笑顔でキッチンへ向かう。
 サキはどこに住んでいたんだろう。いつ、どこで、どうやってこの仲間になったんだろう。ゼフとは、どういう関係なんだろう。
 サキは変わらず、酒盛りの支度に加わろうとはしない。
 分からない。考えれど考えれど、疑問は尽きなかった。聞きたいことが山ほどあった。だが、深く追求してはならない気がした。それは許されないことのように感じられた。
 彼女の真実に触れてはならない。そんな声が聞こえた気がした。
 彼女に認めてもらえたとは言い難い状況のまま、果たして仲間入りしたと言えるのだろうか。旅を共にして良いのだろうか。
 ナギは釈然としなかった。
 サキの横顔を見つめながら考えを巡らせていると、突然バリンという甲高い破裂音がした。
「――つっ」
 と同時に、こちらに横顔を向けていたサキが、右頬を押さえて俯いた。
 一瞬だが、サキが言葉を発したように聞こえた。が、事態を飲み込めない内、ナギの視界に、割れたガラスの破片が広がった。
「えっ」
 頬を押さえて俯くサキ。割れたガラス。
「サキっ」
「窓だ!」
 誰のものともわからない怒号が聞こえる。
「サキ、大丈夫かっ」
 ゼフがサキを覆うように抱き、二人はうずくまった。サキが頬にあてた手を離してみると、真っ赤な血がべとりと付いていた。
「窓だ、窓!」
 ジャモ、ベロン、リッティの怒鳴り声が重なり合う。
 ジャモが窓へと駆け寄る。見れば窓ガラスは頭の大きさ程の穴が空き、穴から放物線上に派手なひび割れが生じていた。
「ジャモ、気をつけろ」
 ベロンが気遣う。足元には割れたガラスの破片が散らばっている。
 靴を履いているジャモはお構いなしに窓まで近づいて外へ首を出すと、獣の雄たけびのような怒声を上げた。
「ゼフ、これ」
 リッティが緊迫した声でゼフに呼びかける。
リッティが手渡したそれは、石だった。
「石」
 ゼフが鬼の形相を浮かべる。
「なんだって、そんなものが」
 ベロンも怒りの様相だ。
「盗賊団の逆恨みは?」
 ゼフがリッティを見る。
「チッ」
 リッティが忌々しげに窓の方を見る。
「そういうこと? 穏便に済ませたはずだけど、あり得る話だ」
「畜生!」
 怒りのやり場なく、ベロンが壁を蹴った。
 ナギはすっかり慄き、頭と身体、そして心が、この事態に追いつけないでいた。
 どうすれば良いのか。こういう時、どんな役割を果たせば良いのか。
 ジャモは窓際で、獣の咆哮を続けている。ゼフはサキを抱きかかえながら、リッティとベロンと盗賊団のことについて凄い剣幕で話し込んでいる。
 ナギは動けなかった。身体が一本の棒になったように動かなかった。
 ふと、ゼフの腕の中でうずくまるサキを見た。右手で押さえている右頬が真っ赤に血塗られている。
 そうだ、血を止めなければ。
「サキ、あの」
 言いながら、ナギはポケットの中をまさぐった。布を持ってきてるはずだ。
 あの血の量は手では押さえきれない。早く、布をあてなければ。緊張で手が震えて覚束なかったが、何とか上着のポケットに布を見つけることができた。
 これで血が止められる。
 これで、役に立てる。
「サキ、あの」
 ナギは布を差し出そうとした。しかしその手を差し出すことはできなかった。
 ゼフに抱きかかえられ、床にうずくまって右頬を押さえているサキの表情は、いつもと変わっていなかった。
 右頬と右手を血で真っ赤に染めながらも、こんな事態の最中においても、サキは変わらず全くの無表情で、無関心で、他人事のように静かに俯いていた。
 布を差し出しかけて留まっているナギに気付き、サキはナギを見た。
 感情のない、虚ろな目。
 サキ。
 ナギは言葉に出したつもりが、声が出なかった。
 緊迫する空気。ジャモの咆哮。ゼフたちの怒声。
 ナギはただ、サキの虚ろな目に見据えられ、身動きの取れないまま布を握り締めて立っていた。
 立ち尽くしていた。

(つづく)

 

 

 


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