コロコロ VS 抜け毛

「人生とは自分自身との終わりなき闘いだ」なんて思っちゃいるけど性根がヘラヘラしている小市民の雑記ブログです。

【紀行】初級者サーファーのハワイ一人旅(4)

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サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします


 

 思いの外、近くにいるいろいろな人たちが、チラチラとこちらを見てくるのがわかった。土地柄、サーファーは当たり前のようにいる。とはいえ、ここはあくまで観光地だ。ワイキキ、イコール、サーフィンという簡単な図式は成り立たない。サーフィンはここワイキキでできるあらゆる行楽のうちの一つに過ぎないのだ。
 僕は、同じ外国人だからといって彼らをどこかひと括りにしてしまっていた。このビーチにいるのはローカルばかりではなく、むしろそのほとんどが観光客なのだろう。だからサーファーを、観光の対象物として興味深く見ている人が意外と多いのだということに気がついた。
 沖を見てみても確かにサーファーは幾人もいる。正面のカヌーズポイントだけでもパッと見、30人前後はいる。左手のポイント・クイーンズも同様だ。とはいえ、トータルでも100人もいないんじゃないか?
 僕がいつも入水している湘南・鵠沼には、年がら年中、膝くらいの高さの波しかない馬鹿馬鹿しいコンディションでも、ものすごく狭い範囲内に何十人ものサーファーが連なっている。大げさにいえば夏の市民プールみたいな状況だ。
 それに比べるとここワイキキにおけるサーファーとは、鵠沼におけるサーファーほど、背景に同化したありふれた存在ではないのかもしれない。
 視線を感じながら、じゃぶ、という音ともに海に入る。心地よいひんやり感、そしてすぐ温みに変わる水温。よろしく、という気持ちでファンボードに腹ばいになり、パドルを始めた。
 早速(僕があまりにも美化し過ぎていたのか)ワイキキとはいえ、常にパーフェクトウェーブが立つわけではないんだ、ということに気づかれさた。右斜めからやってくる波と左斜めからやってくる波がぶつかりあい、砕けた三角波となったりする。そんなグチャグチャした波が次々とやってくる。ただ、大き目ではあるが厚くて崩れにくい波なので、ドルフィンスルー(眼前に崩れてくる波の下を潜り抜ける技)をする必要はなかった。厚みのあるファンボードは浮力がありドルフィンは難しいので、やる必要がなくて助かった。僕は迫りくるうねりを乗り越え乗り越え沖へと向かった。
 沖に向かいながらサーファーの様子を見ていると、やはり一番アウトサイド(沖側)のラインナップはとても上手な人たちばかりだということがわかったので、競争して勝てる相手じゃないことを悟った僕は、彼らより数十メートルほど後方のミドルの位置で波待ちをすることにした。
 ボードの上にまたがるように座り、足をだらりと海中に垂らす。立ち泳ぎ的なゆるやかな膝下の動きでバランスを保つ。何気なく足元に目を落とすとなかなか透明度が高いようで、揺らめくリーフのようなものが見えた。海水に手をつけ、人指し指についた水滴を舐める。ハワイの海の味はやっぱり──そんなもん一緒だった。しょっぱい。
 尻の下を何度も通り過ぎていくうねりに上下に揺られながら、高い空を仰ぎ、相変わらずコンピュータグラフィックのような様相のダイヤモンドヘッドに目を移し、たまに後ろを振り返っては、真っ白なビーチに点在する人々や、その向こうに悠然と聳え立つリゾートホテル群を眺めた。さらっとした風が、濡れた身体を吹き抜けていく。
 ああ、気持ちいい。僕はまるで首のストレッチをするかのように、何度も何度も空を仰いだ。
 さあ、いよいよ、肝心のサーフィンだ。僕は気持ちを新たにした。波というのはずっと続いてやってくるものだけれど、セットといって、数分に一度のタイミングで大きく奇麗な形の波が三発ほど連続でやってくる。サーフィンは、これに乗るスポーツだ。
 アウトの上手な連中がうまくその波を奪い合い、譲り合いしながら乗り分けている。本当言うと、彼らの数十メートル後方に位置する僕のポジションどりは最悪だ。彼らから見て邪魔で仕方がないはずなのだ。
 サーフィンはまっすぐ岸に向かうのではなく、崩れる波に沿って右あるいは左へと進みながら岸へ向かっていくものだから、波が崩れやすい位置の数十メートル後方というのは基本的にどこに居ても誰かしらの進行上にぶつかってしまって邪魔なのだ。
 だからといってさらに後ろに戻って距離を取りすぎてしまうと、今日のここの波の大きさからすると、もはやサーフィンできる大きさの波は届かないだろう。一方、だからと言って、いちばんアウトのラインナップに肩を並べると、波の奪い合いに挑むことになり、それはそれで上手い人たちの邪魔になってしまう。
 僕が乗れるレベルの波が崩れそうな場所は、やはりここしかない。邪魔だろうけれど彼らのレベルならきっと避けてくれる。そう判断した僕は、限りなくアウトに近いミドル、で波を待った。
 そして、いよいよその時がきた。アウトの連中が、この波は別にいいや、と見送った波がこちらへとやってくる──

 

 波にはまず、厚い波とホレた波というのがある。これは波の斜面の角度を意味する。緩やかな坂のような波を厚い波、急勾配の波をホレた(掘れた)波という。厚い波の方がイージーだ。
 次に、速い波とトロい波というのがある。これは切り立った波が頂点から左右へと崩れていくときのスピードを指す。キレのある感じで早く奇麗に崩れていくのが速い波、ダラダラ、チロチロと崩れていくのをトロい波という。
 そして、切れた波とワイドな(繋がった)波というのがある。いま言った、波の頂点の部分をピークというのだけど、このピークがハッキリしていて、どこからどこまでが一つの波なのかがハッキリしているのが切れた波で、一方、ピークがどこなのかあやふや、あるいはピークらしきものがあちこちに立っていて、グチャグチャとよくわからないまま崩れていく波をワイドな波という。
 サーフィンをしない人がサーフィンと聞いてまず想像するであろう、大きな波が奇麗に崩れて筒状になり、その中を身を屈めたサーファーが疾走していくアレは、ホレた波であり、速い波であり、キレた波、のやつだ。ちなみにあれは滅多にお目にかかれるものではないし、乗るのはめちゃくちゃ難しいものであり、僕はあんなのに挑んだことはないし、仮に挑めば最悪の場合、大怪我するだろうと思う。
 僕が好むのは、厚くて、少しトロめの波だ。そしてサイズは、腰~腹くらい。ちなみに波のサイズは、脛~膝、膝~腿、腿~腰、腰~腹、腹~胸、胸~肩、肩~頭、頭~などといい、テイクオフして、海面に立ったときから見た波のサイズ感でこれを定義する。人の身長に左右されるものなのでいい加減なことこの上ないけど、かれこれ何十年も日本中でこれが常識とされている。まあ目安なのだから別にかまわない。
 ──波が、来た。まさに僕好みの波だ。今日のここの波が厚めなのは、この沖までパドルしてきてわかっている。そしてアウトの上手な連中が面白くなさそうだと見送ったところからしても、高いレベルが要求される速くてキレキレの波でないのもわかる。そしてサイズ感もバッチリ。僕のレベルに見合った大好物の波だ。
 僕は沖へ向いていた身体を岸側へと反転させた。海中に垂らした足を旋回させることで、その場所に位置したまま方向転換できるのだ。岸に向って全力でパドルする。ただそこにいるだけではダメなのはもちろん、ただ板の方向を岸に向けているだけでもボードは走り出さない。岸に向かって勢いをもって進んでいるからこそ、ボードは波の上を走り出し、だからこそテイクオフ──サーフィンできるのだ。
 波が来た、波が来た、良い波が──。腹ばいになるボードの下、海中から、僕は足腰のあたりがブワっと持ち上げられるのを感じた。ここだ! 僕は一気に腕立て伏せの要領で両腕をつっぱって上体を仰け反らせると、馳せ参じた忍者のように左膝を胸のあたりに持ってきて、すぐさま立ち上がった。テイクオフ成功! ──と思ったものの、2、3メートルほど進んで失速。立ち上がった姿勢の僕を乗せたまま、ファンボードはズブズブと海中に沈んでしまった。

「あれえ」

 完璧だ。そう思ったのに……。乗れたはずの波に僕は置いていかれてしまった。
 結局その後、二本ほど似た条件の波がやってきたけど、同じように、立ったと思った瞬間に取り残されていってしまった。
 位置取りの悪さ、パドルスピードの無さ、テイクオフの動作の遅さ。いろいろ要因は考えられるけれど、そもそも下手くその僕だ。修正は簡単ではない。しかも初めて乗るボードだし、初めて乗るワイキキの波だ。勝手もわからない。
 そうこうして、ポジションキープのために常に続けているパドリングをしている最中、ついに足を攣ってしまった。足の裏が痛い。爪先を伸ばすような格好にすると、足の親指の付け根あたりからかかとにかけての筋がピキっとくる。
 もうほんの数秒でもその姿勢を維持するとヤバイとわかるくらいだ。慌てて逆の格好、アキレス腱を伸ばすときのようにグイっと反らしてなんとか治めようとする。それでも一瞬治まったかのように思えても、自然な九十度の角度に戻すと、ピキピキっとくるものがある。
 そりゃそうだ。疲れが半端じゃないんだ。早朝に起きて、1時間以上かけて通勤し、午後休をとってまた1時間以上かけて帰宅し、それから2時間かけて成田へ行き、一睡もしないまま7時間半、エコノミー席でのフライトを経てきて、この言葉の通じない異国で忙しなくアラモアナへ行って戻ってきて、からの、今のこのサーフィンなのだ。あまりの心地良さと気持ちの昂ぶりでこうしていられているけど、気力・体力ともに限界が近いんだろう。
 初日から無理をして、残る旅路を台無しにしてしまっては元も子もない。そう判断した僕は、今日はここで切り上げることにした。入水してからたったの40分! 日本ではありえないことだけど、僕にはなぜだか満足感があった。
 それは多分、この素晴らしいロケーションのおかげなんだろう。

 

(つづく)

 

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