コロコロ VS 抜け毛

「人生とは自分自身との終わりなき闘いだ」なんて思っちゃいるけど性根がヘラヘラしている小市民の雑記ブログです。

【紀行】初級者サーファーのハワイ一人旅(15)

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サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします


 

 彼は39歳らしい。出身は神奈川県らしい。そして20歳でハワイへ出てきてかれこれ19年になるらしい。
 初対面だし、あくまで客とインストラクターの間柄だ。あまり下世話な話が好きではない僕は深く詮索することはしなかった。そして彼も僕への質問を、仕事は? とか、ハワイは初めて? とか、当たり障りのない話題に留めてくれた。あとはサーフィンの話を少し。今年40歳になる彼は、「もっともっとサーフィンがうまくなりたい」のだそうで、日本の波ではもう満足できないのだという。

「もっと良い波、でかい波って求めていくと、こっちだとやっぱ冬のノースとかになってくるんですけど、まあ乗れるっちゃあ乗れるんですけど、なんか独特のギスギス感があってね。なんかそういのも、ねえ?」

 難しいですよね、と最後は呟くように言って、彼はハンドルを切った。
 フラットと言われる夏のノース。いやいやどこがだよとビビった昨日の自分。冬のノースは、本当の大波が立つ。
 打ち寄せた波が道路にまで達し、ギャラリーの親子を巻き込み、幼い子供を乗せたベビーカーが転倒した。流されそうになったところを、コンディション不良で大会を棄権していた十年連続ワールドチャンピオンのケリー・スレーターが通りかかって救ったという逸話をネットで見かけたことがある。海岸を越えて道路にまで達するモンスターウェーブって一体どんな波なんだろう。
 まあ、冬のノースが必ずしもそんな波ばかりというわけでもないので、タカさんが乗ったというのはそんなモンスターウェーブの方ではないのだろうけど、それにしても冬のノースの波に乗れるだなんて、相当にすごい。タカサーフのウェブサイトにもあるけど、彼はプロではないとはいえこちらで数々の大会に出場しては、優勝、入賞をさらっているのだそうだ。僕はとんでもない人間に、これから教えを乞おうとしているのかもしれない。
 クルマがどこかの駐車場に着く。波止場のあたりのようで、小さな船舶が無数に点在していた。

「ここ、どこっすか?」

「アラモアナの、ボウルズってとこっす」

 ボウルズ!
 クルマで移動した時点で、ワイキキ(カヌーズ、クイーンズ、ポップス)以外のポイントでやるんだろうなということは火を見るより明らかだったけど、いざボウルズと言われると、とても気持ちが昂ぶってくるのがわかった。オアフ島でのサーフィンは、冬はノースがよく、そして夏はサウスショアが良いとされている。そのサウスの中でも特に良いと言われているのが、ここアラモアナボウルズなのだ。Youtubeで何度となく映像を見たポイントだ。
 駐車場は満車だったけど、2、3分も待つと空きができ、タカさんはそこへ駐車した。
 二人とも着替えをはじめる。僕が車中あまりにも謙遜したものだからよほどの初心者だと思われたのかもしれない、ふいにタカさんが「自力でテイクオフはできます?」と訊ねてきた。
「それはさすがに」と僕は苦笑した。直近五年はほぼサーフィンしていないけど、なんだかんだキャリア七年だ。正直今でも失敗することはあるけれど、テイクオフできませんだなんて。あんまり見くびらないでくださいよ。
 でも僕はそこでふと、停泊している船の帆先の隙間から見える沖を見て絶句した。何というか、紺色の壁が見えたのだ。

「……タカさん、波、でかくないすか?」

「え? さっきのお客さんもここへ来たんすよ。そこまでじゃなかったけどなあ」タカさんが振り返る。「……あんな、デカかったかな」

 二人して一瞬シーンとなった。

 

 

 言うまでもなく、タカさん自身にとっては大したことのないレベルの波だ。だけどタカさんは僕のサーフレベルを判断し兼ねている様子だった。
 ともにサーフィンを楽しむサーフツアーを申し込んできたかと思いきや、やっぱり自信がないなどと言い始めてサーフレッスンに切り替え、挙句車中では失敗談ばかりを繰り返してくる始末。どこまで下方修正すればいいのやら、といったところなんだろう。
 やがて「ま、インサイドでやりますから大丈夫ですよ」とタカさんは僕を安心させようとした。
 我ながら、中途半端だよなあと思った。
 テイクオフできる? なんて言われるとあたりまえだって返したくなるし、でもあんな大きな波を見たらビビっちゃう。じゃあインサイドでやろうかなんて言われるとナメんなよって思う。つくづく、自分の中途半端なレベルを嘆かわしく思う。
 そして案の定だった。駐車場を抜けて小さなビーチに辿り着くと、そこから見えたインサイドの波は腿くらいのボヨボヨ。いくらなんでも物足りない。
 いつしか名字ではなく名前で呼ばれていた僕は、「冬花さんのイケそうだなと思うところまで行っちゃってください」と後ろから言われた。オッケー。僕は筋肉痛・筋肉疲労のことなどすっかり忘れ、このアラモアナボウルズの気持ちよさ、そしてやってやるぞという高揚感でもって、勢い良く沖へと漕ぎ出していった。
 ある程度進んだところでタカさんが「この辺でも割れてますよ?」と後ろから言ってきた。「んー」僕は首をかしげ、もっとアウトへと漕ぎ出していった。きっとそこで、オヤ思ったより、なんて風に感じてもらえたと思っている。
 結局、いつも入水しているカヌーズよりももっと遠い沖まで出てきた僕は、例によって上手い人がチラホラ点在するアウトの数十メートル手前で留まることになった。僕自身ここらでいいやと思ったし、タカさんが「もうここでいいです」と言ってきたからだ。思ったよりきちんとゲットアウトできたとはいえ、ビギナーであることに変わりはない。あの大きな波は厳しいと、タカさんはそう判断したのだろう。

「冬花さんね、パドルは悪くないですよ」

「ホントっすか?」

 振り返るとタカさんは、ロングボードの上で正座した格好で、右左順番ではなく両腕同時のパドルでスウーッと移動していた。

「はい。ちゃんとできてます。でも上体が少しブレるところがあるので、そこはこう、ビシっと、ね」

 タカさんはちょっと距離を置いたところで波と僕、そして周囲の人間の様子を窺っていた。カヌーズほどの混雑はなく、周囲のサーファーは左右30メートルほどの圏内に5,6人しかいない。最高の環境だ、と思った。
 大きな波が、沖からどんどんやってくる。これは難しいと思った波はパスして乗り越えることにする。切り立つ壁のような波に向かって必死にパドルして何とかやり過ごしていると、よく見てみたらタカさんは正座で両腕こぎのやりかたで迫りくる頭オーバーの波を悠々と乗り越えていた。なんて人だ。

「じゃ冬花さん、イケそうだなと思うの、一本乗ってみて下さい」

 腕試しということだ。「わかりました」

 一本、ゆるやかな腹サイズの波がやってきた。よし、好みだ。慌ててせかせか方向転換した僕はパドルを開始した。来た、来た、来た──いける! そう思ったものの、波は僕の板の下から足、腰と持ち上げて、そのまま胸のあたりをも持ち上げて先に通過して行ってしまった。初日のカヌーズでの一本目の失敗とそっくりだった。

「くっそ……」呟くように悔しがると、タカさんが言った。

「ああいう波はね、乗れないっす」

 そうなのか……。乗れる波、乗れない波というのがある。要はサーフィンに適した波か否かということだ。僕はわかってるようで、わかっていなかったんだ。

「もっと大きい、グアっと力のある波に乗らなきゃだめです」

 頭ではわかっていたけど、やはりそうなんだな、と思い知らされた。波はセットといって、周期的に三本ほど大きく綺麗なかたちのものがやってくる。これに乗らなきゃ始まらないのだ。
 だけど湘南・鵠沼での僕は、それを上手い人たちに譲りがちな傾向がある。波がすごく小さい日で、セット波でも腹くらいのサイズしかないようなイージーな条件だと、ここぞとばかりがっついて乗ろう乗ろうとする自分がいるのだけど、ああこれぞサーフィン、こういうのを乗るのが本物だよな、と思わせられるくらいの大きさの波が来ると、ビビってしまって遠慮が生じるのだ。
 でもそれじゃダメなのだという。タカさんもさすがにセット頭オーバーの今日の波、いちばんアウトのいいところで割れるブレイクにチャレンジせよとは言わないけど、だからといってしょぼすぎる波を選んでもどうにもならないのだ。 
 しばらく波を待つも、なかなか良いのがこない。でも僕は、ワイキキで見るそれよりももっと小さく映るダイヤモンドヘッドと、夕暮れどきにさしかかり赤みを帯びてきた西の空とを眺め比べては、「うあー! 気持ちいい!」と叫んだ。そのさまを見てタカさんはサングラスをかけたままの目の下で、白い歯をこぼしていた。
 それから少しして。「冬花さん、いいの来ましたよ」という声とともに沖を見てみると、アウトの連中が見送った大きな波が迫ってきていた。
 これ乗るの? 怖──いや、そうだ、こういうのに乗らなきゃ。僕はそう思って慌ててぶらり垂らした足を旋回させた。ギリギリ方向転換間に合ったか? おっしゃ、鬼パド──と思ったところで「ストオーップ!」とタカさんの叫び声。
 間に合わず、僕は豪快に大波に巻かれてしまった。もがいて海面に顔を出す。リーシュコードをたぐって、離れてしまったボードを何とか引き寄せた。ああ、怖かったヤバかった。
 映画のエンドレスサマーもそうだけど、むかしのサーファーはリーシュコードなんてつけていなかったみたいだけど、よくやったよな、こんな状況下でただ泳いで遠く離れた板を拾いに行くなんて。僕にはとてもできそうにない、とそんなことを思いながらようやく板の上に乗り上げると、タカさんが近づいてきた。

「冬花さんちょっと休憩。いまから僕が言うことだけを守ってください。いい?」

 

(つづく)

 

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